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昨日の、

”ザ・ベストハウス”

衝撃的でした。

というより、目からウロコです。



ベッカム夫妻の話だったんですが、

そりゃ、もう。



当時はもう大ニュースでした。

世界的なスター二人の結婚ですからね。

にしても、

あぁ~ なるほど。という感じでした。


結婚を期に奥さんのヴィクトリアは、

ますます仕事活動に精を出すようになったそうです。

家事は全くせず、

ベッカムが家事育児とやっていたそうです。

当時、すっごい豪邸に住んでたけど、

あのお城のような家をベッカム一人で切り盛りしてたんですね。

食事はレトルトもの多くなってしまったりとかで、

試合前もそんな食事だったりしてたそうです。

全部、ヴィクトリアが買ってきたものだったそうですけどね。


なぜ家事を一人で・・・というのは、

使用人との不倫疑惑があったから、

実際あった訳じゃないんでしょうけど、その戒め的な。


でも、ベッカムってそういえば、

結婚して随分変わった。

確かに格好良かったけど、

髪にしても、モデルにしても、だし。

スペイン行ったと思えばアメリカ行くし。


はたから見れば何が何だか。


それでも結果的には夫婦共々世界的な活躍を、

今もなお続けています。


そう、実際の所はヴィクトリアがしっかり握ってた。

という事です。


ベッカムをそっかそっかと何も言わずに付いてった。

それだけの事だそうです。


絵に描いたような”カカァ天下”です。

でも、きっと、これが一番なんだろうなと。

というのも、

確かにベッカムという存在はサッカー的には貴重な財産です。

いわゆるサッカーバカなベッカムにとって、

ヴィクトリアという存在は、

お金や名声じゃなく、サッカーを外してでも、

何事にも代えがたい存在であったという事ですよね。

だからこそ、

そっかそっかと言う事聞いてこれたんでしょうね。


あのVTRだけを見ると、

ヴィクトリアという女は、

とことん腹黒で強欲で・・・と、

そんな感じに見えてしまいますが、

逆に、

ベッカムの髪やモデル姿見て分かる通り、

多分、何も彼の事を否定してきてないと思う。

むしろ、

いつ見ても格好良い~

本当、いつもステキね~

本当、すごいわね~

でも、こうしたらもっと素敵!

と何かしらずっとホメてきたんだろうなと思います。

それは発言からも分かります。

イケメンであればいい。とか、彼はサッカーよりやる方が好き。とか。

一見暴力的ではありますが、きっと二人の時は様相が違うんだろうと。


いくら好きだからって好きな相手に見透かされて、

好き勝手やられて、挙句の果てには裏切られ・・・

なんてなったら、ねぇ。

でも、そうならないという事は、

彼女も相当ベッカムを想っているという事ですよね。



なるほどねぇ~



何が言いたいかと言うと、

俺もちょっと目線も考え方も変えないとなと。

あのベッカムがですよ。

国内だけじゃなく、ヨーロッパに世界にと、

常に試合をしてるにも関わらず、

一人で家事育児をしてるんです。

俺なんかまだまだちっぽけです。

だったら、俺でもできるんじゃねーの?

って話です。


正直、捕われすぎてた。固執しすぎてた。

というが実感。

俺が俺がって、俺ももっと何かをって、

ずっと思ってきたけど、

なんか、そうじゃないなと。

逆に、

家事も育児も仕事もできるんだなって。

そう。

可能性も選択肢も実はいっぱいあるんです。

だって、やればできるし、

現にやってる人がいるんだもん。


だからこそ、

一人じゃ無理だし、

やっぱ結婚する事って大切なんだなって思いました。



でも、今の俺にできない事があります。


想いはお金に換算されるそうです。

想いが強ければそれ相当なモノを。だそうでして。

うッ! それはちょっと痛い。

気遣いもポイント制だそうでして、

どんな事でも均一1ポイント。

毎日がその積み重ねで、さらに想いを表すモノをまめに。



だからこそ、ベッカムはとんでもない買い物をよくするですね。

俺だってそうはしたいけど、

でも、ケタが違いすぎるって~



確かに、そこに向かうには、

現時点で今変えて行かなきゃいけない事がいっぱいある。

その点はとりあえず置いておいたとしても。


俺はもっと必要とされる男にならなきゃ!

とか、

もっと選ばれるべき何か武器を用意しなきゃ!

とか、

いざのためにもっと俺が何とかしなきゃ!

とか、

苦労するのは当たり前。もっと考えてもっと勉強して。と、

まぁ、そう言った類。

実は何も意味が無いのかもと・・・

そういう事よりも、


そっか。そうなんだ~

と流れを受け入れて流れられる”ゆとり”。


深読みしたりくよくよしないで、

あるがままでさ~

何とかなっていくさ~

という”大らかさ”。


そういう部分、いわゆる”鈍感力”。

そう言った部分をもっと上げて行く事が、

今も、これからも一番大切なんじゃないかなと思いました。


きっと、今のままじゃ、

器の小さい度量が小さい、

そのクセ、きゃんきゃん吠える、

ちっぽけな大人になっちゃうよな。

そういえば、そんな大人いっぱい見てきたじゃん。

俺もそうなっちゃいけないんだよな。



今まではいっぱい苦しい方を修行したんだから、

これからはゆるくなる方を修行していかないとな。


という事でした。


見事なまでの尻に敷かれ方講座になっちゃいました。



ではでは。

















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2011.02.10 / Top↑
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